AI時代「でも」ではなく、「だからこそ」アジャイルが大事だと思う理由【前編】
最近、技術コミュニティやSNSのタイムラインを見ていると、流れてくる情報の多くがAIに関するものになったと感じます。新しいLLMの登場、便利な開発支援ツール、自律型AIエージェントの活用法など、毎日のように刺激的なトピックが飛び交っています。
かつてあれほど盛んに議論されていた「アジャイル」や「スクラム」といった言葉は、相対的に少し影が薄くなっているようにも見えます。「AIがコードも仕様書も一瞬で作ってくれるなら、わざわざ小さく作って試すアジャイルなんて、もう過去の手法なのではないか」――そんな空気感すら、どこか漂っているかもしれません。
しかし、現場で実際にAIツールを使い、チームの動きを観察しているとむしろ逆の考えが自分の中で確信に近づいています。AIの進化スピードが圧倒的だからこそ、それを乗りこなすための「アジャイルなマインドセットや文化」の重要性が、かつてないほど高まっているのではないか。今回は、そんなお話をまとめています。
AIハッカソンでスクラムマスターチームが陥りかけた「つくれる誘惑」
先日、社内で開催されたAIハッカソンに、スクラムマスターのメンバー数人でチームを組んで参加しました。「最新のAIツールをフル活用して、面白いプロダクトを作ろう」と意気込んで臨んだのですが、開発を始めてすぐにある奇妙な感覚に襲われました。
AIのコーディング支援が強力すぎるがゆえに、「あれもできる」「これも簡単に実装できる」と、アイデアが無限に膨らんでしまうのです。気がつくとチーム全員が画面にのめり込み、フル装備の巨大なシステムを一気に組み上げようとしていました。
つくるコストが限りなくゼロに近づいた結果、私たちは「作ること自体の快感」に溺れかけ、「そもそもこれは、誰のどんな課題を解決するためのものだっけ?」という一番大切な問いを見失いそうになっていたのです。
その時、ハッとしてチームで共有したのが、プロダクト開発でおなじみの「MVP(Minimum Viable Product)のスケボーの図」でした。
© Henrik Kniberg, CC BY-SA 3.0 Making sense of MVP (Minimum Viable Product) - and why I prefer Earliest Testable/Usable/Lovable - Crisp's Blog
「僕たちは今、AIの力でいきなりスポーツカーを作ろうとしているけれど、まずは一番コアな検証ができるスケボーから作ろう」
この対話によって我に返り、機能を極限まで削ぎ落としたプロトタイプを爆速で作り、触って検証するサイクルへと舵を戻すことができました。AIという強力なアクセルがあるからこそ、意識して小さく回す「アジャイルのブレーキとハンドル」が不可欠なのだと身をもって体感した出来事でした。
AIは「増幅器」であるという事実
GoogleのDORA(DevOps Research and Assessment)が公開している調査レポートDORA 2025 "State of AI-Assisted Software Development" の中に、「AIは能力の増幅器(Amplifier)である」という非常に示唆に富む見解があります。
増幅器であるということは、掛け算で機能するということです。元となる組織のプロセスや文化の質によってアウトプットの質は大きく変わります。
「カオスな文化・硬直したプロセス」 × AI = 高速で生み出される負債と混乱
「アジャイルな文化・健全なプロセス」 × AI = 圧倒的なスピードで届く顧客価値
もし、部署間の壁が厚く、ドキュメントの承認に何週間もかかり、失敗を許容しない文化の中にAIを投入したらどうなるでしょうか。AIが秒速で大量のコードや仕様書を吐き出しても、人間のレビューや意思決定がボトルネックになり、結果として「誰も全体像を把握していないAI生成物の山」という新たな負債が高速で積み上がるだけになってしまいます。
AIという強烈なパワーを受け止め、正しい価値へと変換するためには、心理的安全性があり、継続的インテグレーションが回り、小さなイテレーションでこまめに軌道修正できる「アジャイルな組織基盤」が欠かせないと考えています。
「技術的課題」が消えたあとに残る人間の仕事とは
ハーバード大学のロナルド・ハイフェッツ教授らが提唱したリーダーシップ論の中に、課題を「技術的課題(Technical Problems)」と「適応課題(Adaptive Challenges)」の2つに分類する考え方があります。
課題の分類 | 特徴 | AI時代の状況 |
技術的課題 (Technical) | 既存の知識や専門性によって、 正解を導き出せる課題 (コードの記述、バグの特定など) | AIが圧倒的なスピードで解決する (人間がここに割く時間は激減する) |
適応課題 (Adaptive) | 人々の価値観、習慣、関係性の変革が必要な、正解のない課題 (組織のサイロ化、信頼関係の欠如など) | AIでは解決しづらい (人間が向き合うべき領域) |
現在のAIの進化を見ていると、前者の「技術的課題」の多くはAIが圧倒的なスピードで解決してくれるようになりつつあります。人間がそこに費やす時間は劇的に減っていくでしょう。
では、人間の仕事はなくなるのかといえば決してそんなことはありません。むしろ、これからは「人間が適応課題に向き合う時代」がやってくると考えています。
AIはどれだけ賢くなっても「変化を怖がっているメンバーの不安」を優しく紐解くことは現状できませんし、「AIの導入によって役割が変わることに戸惑う他部署との利害調整」を代わりにやってくれるわけでもありません。
これまで、スクラムマスターやアジャイルコーチは「開発プロセスの交通整理」といった技術的側面に多くの時間をかけていました。しかし、AI時代におけるスクラムマスターの本質的な価値は、まさにこの「正解のない適応課題に向き合い、人と組織の変革をファシリテーションすること」にシフトしていくと考えています。
目的地を決めるのはこれからも人間
今回は、社内のAIハッカソンという小さな経験を出発点に、これからのAI時代におけるアジャイルの重要性について考えてみました。
AIによってプロダクト開発のエンジンは信じられないほどの高馬力へと進化しました。時速300kmで走れる車を手に入れた今だからこそ、ただアクセルを踏み続けるのではなく時には適切に「ブレーキ」を踏む役割が必要になります。
アジャイルやスクラムの考え方やマインドセットはまさにそのブレーキの役割を果たしてくれます。
AIのスピードに流されそうになる手前でこのブレーキが効くからこそ、私たちはいつでも「WHY(なぜ作るのか)」に立ち戻り、本来の目的を見失わずに本当に進むべき方向へと進み直すことができるはずです。
技術のトレンドがどれほど激しく移り変わろうとも、プロダクト開発を通じて向き合うべき本質は今後も変わらないと思います。AIという頼もしい相棒を助手席に乗せ、この変化の激しい時代をチームと共にアジャイルに楽しんでいきたいですね。
次回は、本記事の後編をお届けします。
この記事を書いた人
What is BEMA!?
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