ザ・リーン ~ あなたのその仕事、本当に必要ですか? ~
はじめに
スクラムは、経験主義とリーン思考に基づくフレームワークです。 この記事では、そのうちのリーン思考について、書籍「This is Lean 「リソース」にとらわれずチームを変える新時代のリーン・マネジメント」の内容をベースに解説します。
要約
リーンは、組織やチームが持つリソースの稼働率ばかりに目を向ける「リソース効率偏重主義」から脱却し、フロー効率を上げることで、顧客の真のニーズを満たす活動に焦点を当てるための戦略
フロー効率を向上させることで、「無駄な仕事」を生じさせる「2次ニーズ」の発生を抑制し、顧客の求める本質的な価値の創出に集中することができる。
スクラムには、「フロー効率を重視し、ユーザーの本質的なニーズに集中する」ための考え方や「絶え間ない改善マインド」など、数多くのリーンの意志が息づいている。
リーンのルーツと基本戦略
リーンは「トヨタ生産方式(TPS: Toyota Production System)」をルーツに持つ考え方です。 リーン = "Lean" (「ぜい肉のない」「スリムな」)という語は、TPSの「あらゆる無駄を廃し、本質に集中する」という哲学から来ています。
在庫をほぼ持たず、製造工程において製品へ付加価値をもたらさないプロセスを徹底的に廃するその方式は、当時の人々の常識に反して高い生産性と品質を実現していました。
そこに注目した西欧諸国がトヨタを分析し、その哲学を西欧の文脈で再定義・体系化したものがリーンなのです。
リーンが唱える基本的な戦略がこちらです。
”まずリソース効率よりもフロー効率の高さを優先し、顧客の真のニーズを満たす”
この一文が何を意味するのか、順番に見ていきましょう。
リソース効率とフロー効率
1.リソース効率
リソース効率とは、その名の通りリソースをどれだけうまく使えているかの指標です。
ここでいうリソースは、企業が所有するビルや、PCなどの備品などを想像すると理解しやすいと思います。 また、給料を支払って雇用している従業員や、年間費を払って契約しているライセンス等もリソースになります。
リソース効率は、特定の期間にリソースがどの程度利用されたかを計算することで導き出せます。
例:ゲームセンターの稼働率で考える
ゲームセンターの運営オーナーが100万円のゲーム機を5台購入したとします。
そのゲームは設置初日から大好評!常に待機列ができ、営業時間中ずっと遊び続けられました。 この時、5台のゲーム機のリソース効率は
絶好調なとき(リソース効率 100%)
開店から閉店まで、5台すべてに常に誰かが座って遊んでいる状態です。
計「1秒も休まずお金を稼ぎ続けている」 = 買った機械をムダなく使い倒せている状態。計算の仕組み
「機械が動ける時間」に対して、実際に「お客さんが遊んだ時間」がどれくらいあったかを見ます。
(5台の一日の実稼働時間) / (5台が一日で稼働できる総時間) × 100で求められ
(24h x 5) / (24h x 5) x 100 = 100%となります。
しかし半年も経つとそのゲームを遊ぶユーザーはめっきり減ってしまい、営業時間中フルで稼働していたのはほぼ1台という状況になりました。
この時、5台のゲーム機のリソース効率は
(24h x 1 + 0h x 4) / (24h x 5) x 100 = 20%になります。
経済性を第一に考えると、リソース効率は良いに越したことはありません。
なぜなら、使われていないリソース = 価値を生み出していないリソースになるので、そのリソースを購入・維持するのに使った費用が無駄になってしまいます。それなら最初から買わずに、浮いたお金を別の目的に使った方が良かった......その分損をした(機会費用の損失).....という考えです。
リソース効率は、出費に見合う価値を求める私たち現代人の自然な考え方ともいえます。 それ故、これまでも多くの場面でリソース効率を高めることこそが正義とされ、その考え方に基づいたリソース管理型の組織が作られてきました。
2.フロー効率
フロー効率は、一定期間内に組織の中を流れる(フローする)ユニットがどれくらい処理されているかを示す指標です。
ここでいうユニットとは、例えば何かしらの製造工場であれば、ベルトコンベア上を流れ、加工され、組み上げられる製品そのものを指します。 これがレストランであれば、お客さんに提供する料理がユニットになるでしょう。 また美容室やマッサージといったサービス業では、お客さん自体がユニットとなることもあります。
フロー効率は、特定の期間にどの程度フローユニットが処理されたかを計算することで導き出せます。ここでいう特定の期間というのは、ユーザーのニーズが特定されてからそれが満たされるまでの期間のことです。また「処理された」かどうかは「ユーザーのニーズを満たす価値ある加工、処理がされたか」で判断します。
例1:美容室の「滞在時間」で考える
ある女性が「最近髪を切りたい......」と美容室に入店し、満足して店を出るまでの「50分間」の内訳を見てみましょう。
0分〜:即座にアクション
入店後、1分と待たずに席へ案内され、美容師がカットを開始。1分〜41分:本質的な価値の提供
細かな要望を反映しながら、40分間じっくりと施術が行われる。41分〜50分:わずかな付随作業
会計待ちなどで10分ほど要したが、滞りなく終了。
この時、美容室のフロー効率は (女性のニーズを満たしていた時間)/(女性の入店から退店までの時間) で計算され、
40 / 50 x 100 = 80%となります。
例2:
同じ40分のカットでも、フローが滞るとどうなるでしょうか。
女性が店にいた「合計90分」の内訳は以下の通りです。
入店 〜 30分後: 予約や先客のため、ただ待つ。
30分 〜 35分後: 席には案内されたが、美容師が来るまでさらに待つ。
35分 〜 75分後: ようやく40分間の施術が行われる。
75分 〜 90分後: 会計を待つこと15分。ようやく退店。
この場合、顧客の視点で見ると、「お店にいた時間の半分以上は、何も価値を得られず待たされていた時間」になってしまいます。
この時、美容室のフロー効率は
40 / (35 + 40 + 15) x 100 = 44.4%となります。
このように、フロー効率はフローユニットの視点から定義されます。
そしてフロー効率を高めるには、いかにフローユニットが価値を得る時間を増やし、逆に価値のない(立ち止まっている)時間を減らせるかが重要になるのです。
なぜフロー効率が大事なのか
先ほど述べたように、リーンはリソース効率よりもフロー効率の高さを優先する戦略です。
ではなぜ、フロー効率が大事なのでしょうか。
その答えは、 リソース効率を重視した場合、顧客のニーズを迅速に満たすことができないために「余計な仕事」が発生し、かえって効率が落ちてしまう「効率性のパラドクス」が生じ得るという部分にあります。
効率性のパラドクス:2つの診断ケース
フロー効率の差が、ユーザーにどのような影響を与えるかを考えてみましょう。
①ナンシーの場合(リソース効率重視)
ある日、体に深刻な異変を見つけたナンシー。
不安を抱き、近くの病院を予約しましたが、予約は1週間後。当日は長時間待たされた挙句、確実な診断は得られませんでした。
次に紹介された総合病院の予約は2週間後。不安から何度も電話をかけますが断られ、ようやく向かった総合病院でも診断は下りず……。
さらに紹介された専門病院も3週間後。 結局、最初の不安から42日が経過してようやく診断を得られましたが、ナンシーは精神的に疲れ切っていました。
②カレンの場合(フロー効率重視)
同様の異変を見つけたカレンは、最近できた「ワンストップ診断クリニック」を予約。予約はすぐに取れ、2時間後には診察。待ち時間はほぼなく、たった2時間で全ての診察行程が完了し、その場で結果を得ることができました。
比較から見える真実
ナンシーのケースでは、各病院の医師は予約でいっぱいで、休む間もなく稼働し続けています。 高額なリソース(医師)を「無駄なく使う」点では、一見理にかなっており、経営者も満足でしょう。しかし、ナンシーの「診断してほしい」というニーズが叶うまでには42日もかかってしまいました。
一方のカレンのケースでは、医師や設備が完璧に整っており、即日で結果を伝えられます。これがフロー効率を優先した例です。
実はこの「ユーザーのニーズを素早く満たす」というアクションには、「ユーザーの2次ニーズの発生を抑制する」というとても大きな効果があります。
2次ニーズから生じる"余分な仕事"
2次ニーズとは、"本質的なニーズ(1次ニーズ)がすぐに満たせないことで生じる副次的なニーズのこと"です。
そもそもニーズというのは、基本的に早く満たされることに価値があります。 喉が渇いたから早く何か飲みたい。壊れたパソコンをすぐに直したい。風邪を引いたから早くお医者さんに診てもらいたい......etc. 自身の欲求がすぐに満たされないことへの私たちの耐性は、驚くほど低いのです。
そして、これら1次的なニーズが満たされない場合に2次ニーズが生じます。
■2次ニーズの具体例
車検の完了(1次ニーズ)を待つ間、代わりの移動手段が欲しい
家の給湯器の修理完了(1次ニーズ)を待っている間、毎日のお風呂をどうにかしたい
レストランで頼んだ料理が届く(1次ニーズ)を待っている間、暇を潰したい
一次ニーズが要求するものの代替品だったり、気を紛らわせるものだったりですね。
通常、サービスの提供者は顧客体験を下げないために、この2次ニーズの充足に向けて以下のようなアクションを取ります。
車検が完了するまでの間に乗れる代車を用意して、お客さんに貸し出す
給湯器の修理が完了するまで、近所の銭湯の入浴チケットをサービスする
料理が届くまでの暇を潰せるよう、席付属のタブレットでゲームを遊べるようにする
これで2次ニーズは満たされ、サービスに対する顧客体験はより良いものになりました
「本来必要なかった仕事という視点」
しかしよく考えてください。
これら二次ニーズを満たすためのアクションは、本来1次ニーズが素早く満たされていれば、そもそも発生し得なかったものではないでしょうか?
車検が数時間で終わるのであれば、顧客は少し待つだけで翌日からも自分の車を使うことができる。
給湯器がすぐ直れば、その日のうちに自宅のお風呂に入ることができる。
料理がすぐ届くのであれば、そもそも潰す暇がない。
つまり、これら「2次ニーズを充足させるためのリソースや仕事」というのは、本質的なニーズを満たす上では本来必要なかったものなのです。
フロー効率の向上による2次ニーズの抑制
なぜリーンが戦略としてフロー効率を重視するのかが見えてきたのではないでしょうか。
リーンは、フロー効率を上げることで2次ニーズの発生を抑制する戦略なのです!
2次ニーズの充足をはじめとし、顧客の本質的なニーズに関係のない仕事はムダとして徹底的に排除する。それを指針として自らの行動原理、価値観を構成することで、真に効率的で生産的な組織・チームになっていく。これこそがリーンの目指す姿です。
「リーン」になるために
ここでは、リーンな組織やチームになるための考え方やプラクティスを4つ紹介します。
1.フロー全体を見られるチームを作る
「顧客の1次ニーズを素早く満たす」ためには、ニーズ発生の瞬間からサービスの提供完了までを「1本通し」で考える必要があります。
例えばハンバーガーショップなら、顧客が列に並んだ瞬間から、商品を食べ終えて退店するまでが1つのフローです。
このフロー効率を上げるには、スタッフ全員が全体を観察し、対処できる体制が重要です。
役割を固定した店舗: 調理がパンクしていても、ホール担当は「自分の仕事ではない」と手伝わない。結果、顧客の待ち時間は伸び続け、フロー効率は悪化します。
柔軟にヘルプし合う店舗: ピーク時はホールもキッチンを手伝い、波が引けば全員で清掃を行う。
これら2つの例、望ましいのはもちろん後者です。 ポイントとなるのは「スタッフ全員が店の全体を観察し、顧客の真のニーズを満たすために互いに協力できていること」です。
2.一度に対処するタスクを少なくする
フロー効率を上げるためには、一度に対処するタスクを可能な限り少なくする必要があります。
これまでに何度も述べてきましたが、リソース効率を重視する戦略をとった場合、人々は休む間もなく働くことを求められます。 そのため、各々には手隙の時間ができないよう、ひっきりなしにタスクが結び付けられます。人によっては、プロジェクトを跨ぐ形で複数のタスクを掛け持つ、なんてこともあるでしょう。
「仕事を人に結びつける」
空き時間を作らないよう、ひっきりなしにタスクを割り当てる。その結果、頻繁なコンテキストスイッチが発生し、脳の疲労と生産性の低下を招きます。
また、顧客を待たせることで「2次ニーズ」を量産してしまいます。
「人を仕事に結びつける」
これがフロー効率重視の戦略における基本的な考え方です。
ニーズが発生した瞬間、チームで一斉に関連タスクに取りかかる。一人が行うタスクは基本的に1つ。「目の前の価値に集中する」ことで、情報の切り替えコストを抑え、最速でニーズを満たします。
フロー効率を上げるには、組織にゆとりが必要です。
なぜなら顧客のニーズが発生した時、それにすぐ対処できる人員が常に必要になるからです。 人々がいつも忙しく働いているリソース効率重視の組織ではそうした対応が難しく、結果として発生する2次ニーズの対応にばかり追われる、生産性の低い組織になってしまうでしょう。
3.リソース効率も大事
リソース効率そのものが悪なわけではありません。
例えば、スタッフを100人常駐させれば提供は速くなりますが、人件費で赤字になれば本末転倒です。
リーンとは、まずフロー効率を優先し、その上でリソース効率も含めた総体的な向上を目指す戦略です。
この両輪のバランスをとることこそがリーンのゴールです。
4. 絶え間ない改善
真にリーンな組織になるには、組織構成、管理体制、報奨形態、さらには採用プロセスに至るまで、多層的な改革が必要です。そのため、全メンバーがあらゆるプロセスに対して改善を考え続ける努力が欠かせません。
もし「我々はリーンだ」と宣言して努力を止めてしまえば、組織はすぐにリソース効率の幻想に取り憑かれ、元に戻ってしまうでしょう。 目指すべきリーンな状態とは、「形の定まらない動的なゴール」です。ある一定の状態に留まることよりも、更なる効率化を目指し改善し続けること。そこにこそリーンの真髄があります。継続的な改善が行われている限り、そのチームはリーンの道を歩めていると言えるのです。
スクラムに息づくリーンの意志
では、実際リーンのどういった部分が、スクラムの考え方に影響を及ぼしているのでしょうか。
フロー効率を重視し、ユーザーの本質的なニーズに集中する
スクラムのスプリントは、顧客にとって価値が高いものを「小さく、早く」作るための仕組みです。
この振る舞いは、まさにリーンの「1次ニーズを素早く満たす」考え方そのものです。
スクラムの各要素も、フロー効率を高めるために機能しています
ユーザーストーリーマップ: 顧客ニーズを可視化する
プロダクト/スプリントバックログ: 価値ある順に並べる
スプリントプランニング: 生み出す価値を計画する
スウォーミング、WIP数制限: タスクの「一個流し」を実現する
真のチームワーク
フロー効率を上げるためには、顧客に価値を届けるまでの流れを「一本通し」で考え、目標に向かって一致団結できるチームが必要になります。
スクラムでは、プロダクトオーナー、開発者、スクラムマスターという3つのロールを担うメンバーによって、スクラムチームという1つのチームを構成します。メンバー同士が互いに尊敬しあい、助け合い、自分達で道を切り開いていく自己管理型のチームでもあります。 スクラムチームは機能横断型の組織として、顧客に価値を届けるための知識やスキルを全て備えていることが特徴です。
このように、リーンが理想とするチームは、スクラムが要求する「真のチームワーク」を備えたチームそのものであり、より良いプロダクト開発に必要不可欠なものなのです。
絶え間ない改善
スクラムは、不確実な現実に立ち向かうため、チームやプロセスの絶え間ない改善を求めます。
スクラムの三本柱のうちの2つ「検査」と「適応」はまさにそのためのもので、スプリント中に実施する下記の4つのイベントを通してこれを実現していきます。
デイリースクラム
スプリントプランニング
スプリントレビュー
スプリントレトロスペクティブ
プロダクトのみならず、チームやプロセス、価値観までもをより良いものに改善していく。
スクラムが目指すべきゴールも同様に「動的」なのです。
参考図書
This is Lean 「リソース」にとらわれずチームを変える新時代のリーン・マネジメント
改めて、リーン思考の本質について書かれた良書です。 当記事はこの本が定義するリーンを前提として書きました。
より深く詳細にリーンについて学ぶことができると思いますので、ぜひ1度読んでみてください!
この記事を書いた人
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